ごくまれに、入社が決まっている会社から、年末の忘年会や年始の新年会に招待されるケースがある。企業関係者としては、入社前の顔見せの場としてそのような場を設けてくれているのだろう。新入社員としては、善意から出る愚行に辟易するしかないが、むげに断るのも忍びない。参加を打診されたらどうすればいいのだろうか?私がかつて経験した事例を元に対処法を伝授したい。
忘年会・新年会に招待されたら、「断る」のが正解
結論から言えば、入社前に「忘年会」「新年会」などに誘われたら、断るのが正解だ。といって、会への不参加を表明するのではない。内定を辞退するのだ。
「○月○日に忘年会(新年会)があるので良かったら、参加しませんか? 他の社員との顔見せにもなるので、軽い気持ちでご参集ください」
「お断りします。同時に、内定も辞退させていただきます」
これが唯一の正解と言えるだろう。
なぜと言って、そもそも知らぬ顔の中に放り込まれて楽しめる人がいるだろうか。しかも未来の同僚や上司たちとの会合だ。
緊張や不安は計り知れない。他の参加者が酒や料理を楽しみ、気心の知れた仲間と談笑する中、ひとりぽつねんと座敷の隅に座り、もじもじとして時間を過ごすことになるのは火を見るより明らかだ。
何人か、気を使って話しかけてくれたり、酒をついでくれたりする人もあるかもしれない。しかしそんな善人もまた酒が入り、興が乗ってきたら、座を離れ、仲良しの同僚のもとに向かうだろう。
結果、新入社員(というかまだ入社していないのだが)は孤独になる。
さらに悪いことに、もしもその会合に参加し、うまく場の雰囲気に溶け込めたとしても結果は惨憺たるものになる。
なぜと言って、酒は基本的に人の本性をさらけ出すものだからだ。先輩や同僚は飲酒と気の緩みによって、未来の新入社員に絡んでくるだろう。この時点で完全なる他人様であり、ゲストでもある来賓に対して、間違った接し方をしてくることになる。
おそらく、先輩と後輩、上司と部下といった感じで、気安くベタベタと接してくるだろう。そうなったらお仕舞いだ。
快い酒宴とは別様の不快な会合でしかない。これが平時であれば、お互いに微妙な距離感を計り、他人様同士、節度あるコミュニケーションになる。
しかし、アルコールと忘年会・新年会の気の緩みが、常識人から常識を奪う。結果、その会合における最弱者である未来の新入社員が「ネタ」にされ、絡まれ、いじられる。最悪な会合になる。
個人の意思を摩滅させる会社というバケモノ
誰が悪いのだろうか? 絡んできた先輩社員だろうか。傲慢な上役だろうか。手を差し伸べてくれなかった若手社員だろうか。この会合をセッティングした人事担当者だろうか。未来の新入社員を招待した張本人か。いや、違う。
悪いのは会社だ。総体としての会社なのだ。
個人ではないのだ。会社という組織の非人道性が諸悪の根源なのだ。会社は暴走するのだ。個人個人は善人かもしれない。あるいは凡庸な小市民だろう。しかし企業が一個の主体となり、各社員の行動が一本化されたとき、個人は死ぬ。社員の意思を摩滅し、非道になる。
結果として、意思を無くした人事担当者が屈託無く、何も知らない子羊のような内定者を不快な会合に招く。鬼畜の所業である。子羊は会合を終えて、意気消沈するだろう。酒臭い先輩や上司のベタベタとしたコミュニケーションに、心身が傷つくことになる。
内定者を会合に招くという行為に対して、何も疑問を感じない社員が所属する会社はダメなのである。
その時点で、入社する価値がない会社と言い切れる。
だから、もしも入社前に忘年会や新年会に招かれたら、光の速さで内定を辞退するのが良い。会合の不参加のみを連絡するのではない。御社には入らないときっぱりと明言するのが得策だ。
私が誘われた忘年会(28歳、冬、出版社、1次会居酒屋、2次会スナック)
数年前の冬、私は年始からある小さな出版社に入社することになっていた。そして、年末にその会社の忘年会に誘われた。
出版社の忘年会には、社員14、5名と取引先の印刷業者が2人、そして私が参加した。後から知ったのだが、実際の社員は5名程で、残りは社長や上役の家族や友だちだった。彼等は忘年会だけでなく、通常の営業日にも会社に遊びに来るような人たちだった。つまり、極めてアットホームな企業だったわけだ。
1次会は居酒屋で行われた。上座に取引先の2名が座り、その隣に社長が座った。彼らの向かいに編集長と翌年1月4日に入社する予定のスペシャルゲスト、すなわちこの私が座った。
酒宴が開かれた小料理屋は私たちの貸し切りだった。上座に私たち5人が座り、下座には若手社員や社長らの親戚が座った。
会の冒頭で編集長に促され、皆の前で挨拶を行った。面接担当だった社長と編集長以外の人間とはこの日が初対面だ。晴れがましい思いで名前と短い意気込みを述べ、温かい拍手をもらった。
しかし、ゲストとして遇されたのは酒宴が始まってほんの数分までのことだった。酒宴が始まって30分が経過した頃、私は決心した。
「この会社には絶対に入社しない」 と。
「あんた、なんで就業時間なんてくだらないこと聞いてるのよ」
と私の対面に座っている女社長が語気を強めた口吻で言った。まだ酒に酔うに早すぎる。
私は最初なぜ怒られているのか理解できなかった。少しして解った。目の前の、老婆といってもいいような女社長は、数日前に私がした電話の内容のことを言っているのだ。
その電話は、忘年会の開始時間を聞くために掛けたものだったが、他に2、3点就業条件等について確認したいことがあったからその時にまとめて聞いた。就業時はスーツかカジュアルな服装か、就業時間は何時から何時までか、土日は休業なのかなどだ。
本来ならそのようなことは求人広告を見ればわかる。求人広告に書いてあることを面接時に再確認するのが普通だろう。しかし、特殊な事情により私の手元にはこの会社の求人情報がなかったのだ。
この会社に応募したのは夏ぐらいだった。応募してから4、5カ月間全くのなしのつぶてだった。それが、12月の初旬に突然先方から携帯電話に連絡が入った。応募してから一度も連絡が来なかったため、自分が応募したことさえも忘れていた。
聞くところによると、数か月前に求人募集したときに採用した女性が、試用期間をもって退職するという。そのため、欠員補充をするので以前応募してもらった人の中から数人をピックアップして面接をする。
ついては私に面接に出向いてもらいたいというものだった。私は二つ返事で面接に行く意思を伝えた。私はその日、帰宅してすぐにPCに向かった。その会社の社名や業種についてはぼんやりと覚えているのだが、その他のことについてはほとんど何も覚えていなかった。
どうやって応募したのかさえ記憶がなかった。リクナビネクスト、マイナビ転職、エンジャパン、ハローワーク、朝日求人等の応募履歴を調べた。すぐに、この会社に応募した時の送信履歴を見つけた。リクナビネクストだった。
しかし応募したサイトがリクナビネクストであったことが不運であった。リクナビネクストは他の多くのサイトと違って、求人広告の掲載期限が過ぎるとその内容が閲覧できなくなる。そのため、この会社の求人情報(給与、就業時間、手当、応募条件、仕事内容など)を入手できなかった。
面接では、給与や手当面などについては聞いたが、始業時間などの基本的過ぎる質問をする時間がなかった。そのため、電話で質問せざるを得なかったのだ。
その質問が、女社長と編集長の癇に障ったようだ。
「定時が9時から18時だとして18時に帰れる思ってるの? あんたなんて深夜まで働きなさいよ。土曜日なんてないわよ。月火水木金金金月よ。甘いわよ。ここにいる印刷屋さんなんて寝ずに原稿を待ってるのよ。あんたが夜通し働かないでどうするのよ。ねえ、わかってるの?」
話の最後に「ねえ、わかってるの?」と難詰するのが女社長の口癖らしかった。
言っていることは理解できた。要するに、ツベコベ言わずに血を吐くまで働けということだ。もちろん、サービス残業で。理解はできたが納得はできなかった。
私はそれまでいくつかの中小零細企業で働いてきた。こういった暴論を吐く上司には心当たりがあった。だから、軽い気持ちで聞き流していた。しかし一方で、目の前に取引先の従業員がいるのにこのような暴論を吐いても大丈夫なのだろうかと、私は心配になってしまった。
横目でみやると、この忘年会に参加させられた印刷会社の男性2名ははひたすら苦笑していた。
私は努めて冷静だった。そして思った。
「まだ入社してないのになぜこの人たちは、こんなにもぶちまけた話をしてるんだろう」
そんな本音をぶちまけて大丈夫だろうか。内定者に逃げられないのだろうかと私は心配してしまった。そして次の瞬間、私が内定者なのだということを思い出した。そして、もちろん、「こんな会社には入社しない」と心に誓った。
その後は、置物のように微動だにせず、ただ時間が流れるのに身を任せた。
酒宴は終始、この女社長が私に絡むスタイルで進行した。出版業などは片手間でやれ、会社が持っている畑にある大根を掘れ、畑で育てる農作物を考えろ、印刷業者の社長令嬢と政略結婚しろなど。
編集長はアルコールが強いらしく、ずいぶんいいペースでビールのジョッキを空けていた。とても上機嫌そうに見えた。そんな編集長の口癖は、「こいつ、もう来ねえわ」だった。
もちろん、ここでいう「こいつ」とは私のことだ。
女社長が印刷業者の2人に、以前いた新入社員は入社初日に昼飯食って帰ってそのまま来なくなった、入社2日目で来なくなった奴がいたなどと得意げに喋っていた。それを聞かされた印刷会社の2人はどのようにリアクションをとっていいものかわからずただひたすら半笑いしていた。
そして編集長がその話を引き取り、私に向かって「あ、こいつも今やばいと思ったな。来ねえわ」と言った。
私は、辟易した。それが表情にも出ていたのだろう。そのたびに、編集長は私に向かって、「あ、こいつもう来ないわ」と決め台詞を言った。
もちろん、この「こいつもう来ないわ」というのは一種のギャグとして捉えることが出来る。編集長と社長(ともちろん他の社員や取引先の人たちも含めてすべての人たち)は、この会社が十分におかしいことを自覚している。
だからそれをネタにすることで「ヤバイ会社」を茶化しているともいえる。入社前にすべてをさらけ出す、というスタンスなのかもしれない。
入社予定の人間としてはある意味でいいものを見せてもらったといえるかもしれない。しかし、酒席でターゲットにされた私の心境は穏やかではいられなかった。ことあるごとに、「俺、まだ入社してないよ?」と心の中でつぶやいた。
「主賓」として招かれたものとばかり思っていたところに、このような仕打ちを受けた私は、心底絶望していた。そしてもちろんもはや心は固めていた。
私は、完全に意気消沈していた。この時点で私は、この会社に入社することはないという結論に達していた。入社初日、2日目に退職した人間がいるのなら、私はその人たちの上を行ってやろう。入社前の忘年会で、辞めた男。−10日目に辞めた男。レジェンド入り確実だ。
酒席は終盤戦に入っていた。社長、編集長に加え、得意先の2人も良い感じに出来上がっていた。社長が「ねえ、わかってるの?」というセリフを吐き、編集長が「こいつ来ねえわ」と言い放ち、得意先の2人が苦笑する。
そういう光景が数回続いた。私は、もうどうでもよくなっていた。私は、あるタイミングでふと、会の間中ずっと我慢していたことを口に出してみた。
「1月4日、来ないかもしれないです」
私の読みでは、編集長か印刷会社のベテラン社員の方が軽い突っ込みを入れ、その場に小さな笑いが生まれるものと思っていた。しかし実際には誰ひとりとして、私のギャグとも本音ともつかない呟きをフォローしてくれなかった。
場が一瞬凍りついた後、編集長が乾いた笑声を洩らした。おそらくその場にいたすべての人間が、「あ、こいつマジで来ないつもりだ」と思ったことだろう。
2次会の会場は、小奇麗なスナックだった。
最初に、社長が挨拶し、その後印刷会社の一人が乾杯の挨拶を行った。乾杯が終わると、皆が順々にカラオケを歌いだした。壊れかけのradio、なごり雪、浪漫飛行、バスストップ、なんかよくわからない歌、津軽海峡冬景色、なんかよくわからないワルツ…。
当然、私にもマイクが向けられた。悪乗りした編集長が、君が代歌えよと言ってきたが私はこれを無視した。私は内心で、「あんたたちに関わることは金輪際ありません」と思っていた。だから、空気が悪くなろうがお構いなしにカラオケを歌うのを拒否し続けた(というかそもそも私にはカラオケを歌う習慣がない)。
2次会の途中、隣に座った50過ぎの社員のおじさんが、「この会社変でしょう(笑)」「でも社員はみんないい奴ばかりだよ」「社風って重要だよね」「勉強の期間だと思ってやってみればいいよ」「若いんだし、色々経験するのもいいかもね」と私を気遣うようなことを言ってくれたので私は心の中で滂沱の涙を流した。
そして、心の中で「ありがとう優しいおじさん、そしてさようなら」と言った。2次会が始まって40分ぐらい経ったところで限界が来た。唐突に、「帰ろう」と思ったのだ。
どうせ、この会社には入社しない。何を気にしているのだ。盛り上がっているところで急に帰宅するのは、私の得意技ではないか。私は席を立ち、社長に先に帰宅する旨を伝えた。すると、先程まで狂人のようなダンスを踊っていた女社長は、急にまじめな顔になって、私に「…大丈夫?」と言ってきた。
私は、それをスルーし、「えぇ…」とはかなげに応えた。隣にいた編集長にも、「ではこれで」と別れの挨拶をした。すると編集長も真顔で、「1月4 日、来てくれるんだな?」と言った。
私は、「えぇ…」と生返事をした。彼らの変貌ぶりが、おかしかった。おそらく、自分たちが羽目を外し過ぎたことに今更ながら気がついたのだろう。2次会中、私が抜け殻のようになって悄然としていたのを見ていたのかもしれない。
私は、数人の人間に先に辞することに対する非礼を詫び、コートとカバンをとって逃げるようにエレベーターの方に向かった。
帰りの電車では、私は今日の会合を思い出していた。今日の会合は、歓迎会ではなかったのだ。ただの忘年会だったのだ。だとすれば、今日という日はまさに本年を洗いざらい忘れ去るための日なのだ。
この会社に応募したこと、面接を受けたこと、会合に出席したこと、罵倒されたこと、いじり倒されたこと、2次会から遁走したこと、1月4日に入社しようとしたこと、すべてを忘却しよう、なかったことにしようと心に誓った。
会合への招待状が届いたら、転職活動がリスタート
私の事例については、あるいは特殊だったかもしれない。アットホームな企業にありがちな、いかれた社長とその取り巻きたちの狂宴に巻き込まれた不幸な一例だったかもしれない。参考にならないといって、切って捨てる人もあるかもしれない。
しかし、これがリアルなのである。私が言えることは1つだ。
入社前に忘年会、新年会、誕生会、謝恩会、慰労会、賀詞交換会、壮行会、女子会などに誘われたら、断れ。入社を断れ。内定を辞退しろ、ということだ。
それさえ守れば入社後に、地獄の日々を送らなくて済む。
入社前に退職するということは、時間を無駄にせずに済むことを意味する。会合への招待状が届いたら、その瞬間から転職活動を再開するのがいいだろう。先手必勝で、転職活動を成功させてほしい。