労働と家族

無理ゲーな子育て世代のためのフリーランス生存術【共働きの場合】

共働きは無理ゲー

核家族化が進む中、両親二人で子どもを育てるのは不可能であることは周知の事実である。

かくいう私も不可能に直面し、毎晩ため息をついてばかりいる。

自分がフリーランスで妻は会社員、子どもは先日1歳半になった。フリーランスは自由業と言われることもある。そのため、時間に融通がきくために子育ても楽にクリアできると思われている。そんなことはない。子育ては無理ゲーである。共働きでも、一方が勤め人で他方が専業主婦(夫)でも変わらない。無理なものは無理なのだ。

フリーランスの子育て世代の辛さとは?無理ゲーの理由

子が生まれると、生活リズムが変わる。リズムだけでなく生活や人生が変わる。母親は3時間ごとに授乳ないしミルクをあげることになる。出産後の女性はホルモンバランスが崩れており、そもそも身体から人体を一人排出したことによるフィジカルのダメージも大きい

心身が極限状態に達している中で、小さきものを生存させるために自身のエナジーを注入する。まさに身を粉にして、子を生かす難事業であり、男には無理な所業である。

対して男は気楽である、と一概には言えない。あえて言えば勤め人は気楽である。なぜといって、朝になれば子や妻を捨てて会社に逃げ込むからである。夜になれば知らぬ顔で帰宅し「寝顔が可愛い」「この子のために仕事を頑張ろう」などと寝言を言う。まったく痴れ者の口吻である。

「子育てですか? 大変じゃないですよ。寝顔が可愛いから」といい、配偶者に「寝顔を拝むことは子育てではない」と撲殺された夫が有史以来49人いるという。

しかし男の中にも無理ゲーに参加する勇敢な人類もいる。フリーランス男性である。特に毎日自宅で働くフリーランスは、母親と同じぐらいの無理ゲーをプレイするとち狂った勇者といえる。

何を隠そう私がそれだ。勤め人の男性が夜泣きを華麗にスルーしている時、私は瞬時に目を覚まし、子を抱きかかえる。深夜0時に就寝して8時に目覚ましをかけている場合、1時だろうが3時だろうが5時だろうが7時だろうが、起きる。

サラリーマンは起きない。なぜといって「俺明日早いから」。不届き者である。妻は起きるだけでなく、授乳やミルク作りやオムツ替えなどをこなす。超人とはこのことだ。私も微力ながら、オムツ替えは行った。たまにミルクを拵えたこともあった。

世間の無能なお父さんがスヤスヤと寝ているとき、私は眠い目をこすり、子のオムツを替え、子の呼吸を確認し、妻に軽く会釈をして再度睡眠に戻る。

これは体力の消耗が甚だしい。翌日の仕事に支障が出る。子が月齢を重ねて睡眠のリズムが変わっても似たようなものだ。世の中には夜泣きで起きる男と起きない男がいる。前者が本物で、後者は父親の権利を剥奪されても文句の言えないでくの坊といえる。

妻の要請は雰囲気で察する!

では、母親は父親に深更の覚醒を要請する必要があるのか。父親は要請を受け次第、深夜に起きて、夜泣きの子どもをあやし、オムツを替え、ミルクを作る任務を全うすべきなのか。

妻に要請されたら断れないだろうと思われる未婚男性がいるかもしれない。しかし実際には世の中の男は断るケースが多いという。翌日の労働のためという。

なるほど道理である。労働は辛い作業だ。ドライバーが日中に居眠り運転してはいけない。営業マンが眠気に襲われて商談を飛ばしてはいけない。販売員が居眠りをしてはいけない。誰も彼も翌日の仕事は完璧なコンディションで迎えたいだろう。

フリーランスだって同じなのである。しかし、翌朝に乗るべき電車もなければ、始業時間もない。職種によっては商談だってないし、〆切りやミーティングだってない日もある。自由に働ける人だと思われたら、母親以上にキツい環境で子育て・家事・仕事の3大苦行をこなす羽目になる。私はそのどん底で今、わずかに息をしている。

ところで、私は妻に「深夜に、起きよ」と命ぜられたか。否。そんな要請は受けていない。ならば私はなぜ深夜に起きるのか。なぜ子が乳児のころ、3時間ごとに起きていたのか。夜泣きをしたら、妻よりも早く起きて子を抱き上げていたのか。リビングに移動し、泣き止むまであやし続けていたのか。

察したのである。妻の無言の指令を受信し、私は自発的に起きたのである。それで夫婦円万になった。そして、私の心身は疲労した。子が1歳半になり、私は疲れきった。

フリーランスと子育ての「無理ゲー」状態

自宅で働くフリーランスは、一日8時間程度働きつつ、家事や育児も並行して行う。朝のミルクやオムツ替えはもちろん、妻が作った食事を子に与えたり、自分や妻の食事を作ったり洗い物を処理したり。

沐浴だって参加しちゃう。集中力は中途で断絶される。そしてダラダラと夜まで働くことになる。生産性の低下は著しく、子育て、家事、仕事の連続で日々が矢のように過ぎ去っていく。

深夜に子の夜泣き対応をし、朝にミルクなどをあげ、日中に仕事と軽い家事と軽い育児を行い、仕事が終わったらまた育児と家事で、子が寝たら自由時間だがもうその頃には体力気力が底をつき、死にかけている。そして深夜の夜泣き対応。エンドレスである。

子が保育園児になっても無理ゲーは続く

今は妻が育休を終え、会社勤めに戻った。私は自宅で仕事をして、子は保育園に通っている。それで平穏な日常に移行したかといえば、むろんそのようなことはない。時間は常に高速で流れ、時に歪み停滞していたと思ったら、また奇妙に動き出す。

日常には子を脅かす細菌・ウイルスが無限に漂い付着し、むろん私や妻にも寄生し、おまけに近隣に住む義父母にもアタックする。

一度子が体調を崩せば家族総崩れになる。子が園を休み、妻が在宅ワークという名のサボリーマンに変身し、私は在宅で日銭を稼ぐ。自宅に家族がいるというのは、実に働きづらい。作業は停滞し、ストレスはたまる一方だ。家族とはストレス源であるといったものがあった。けだし、真理である。

収入が下がっても勤労意欲は上がらない

2022年の私の収入は550万円であった。過去最高だ。世の中のフリーランスはもっと稼いでいるのかもしれない。一般的に、フリーランスは会社員の2倍稼ぐ必要があるという。ファックオフとしかいえない。

「2倍説」は嘘である。同等に稼げば、手取りが増える分生活は楽になる。むろん年金、健保などの支払いは増える。それとて、キャッシュが増えれば問題ない。年収550万円とは、月収40万円強である。40万円は富豪である。

しかし、今年の売上は300万円ぐらいになりそうだ。子が0歳児の時には、生活が大変だったのにもかからず、働いた。その反動なのだろうか、今年は勤労意欲がゼロだ。

しかしストレスや身体の疲れは増すばかり。妻がリモートワークで在宅し、ビーズクッションに身体を埋めながら『あまちゃん』の再放送を見ている姿を眺めるに付け、イライラが増大する。子は園にいるので、ストレスは多少軽減されるが、それにしても夕方には帰ってくる。

日中サボっているのだから妻は応分に家事育児をすべきだ、と私は言えない。そんなことを言える男はこの世にいない。

フリーランス男性は孤独だ

「誰が一番子育てに苦労しているか」という問いに、専業主婦、働いているお母さんと答える人は素人と言えるだろう。答えは、子ともっとも接触している人である。専業主婦かもしれないし働いているお母さんかもしれない。しかし我が家に関していえば、私である。

朝は妻が家を出た後も、子の対応をして、登園時間まで相手をする。そして夕方のお迎えも私だ。

子の相手をしている時間の総量はストレスの総量と比例する。そしてそれは貢献度だ。子育て育児の貢献度だ。孤独だ。

解決策は就職のみ

この苦境を解決するためには、私もサボリーマンになるのがもっとも手っ取り早い。もちろん、41歳にしての就職は難しいだろう。5年も自営業をやっていたのだ。使えないおじさんの帰還である。迎える方も、構えるだろう。というか、採用する企業はあるのだろうか。ない。地獄は続く。