働きたくない

働きたくないのではない、働けないのだ!生涯労働可能時間とは何か

会社に出勤するのが憂鬱、仕事中にやる気が微塵(みじん)もわいてこない、5分ごとに時計を見てしまう、すぐに離席してトイレに行ったりたばこ休憩をしてしまう、だるい、会社を辞めたい──勤め人の多くが日々アンニュイ(倦怠)な気持ちを押し殺し、辛い会社員生活を送っている。どうすれば解決するのだろうか?喜びに満ちたサラリーマン人生を送るための究極のメソッドを解説する。

会社員の多くは仕事を辞めたがっている

仕事がだるくて仕方ない、会社を辞めたいと思っている人は多いだろう。私が調べたところによると、「仕事を今すぐに辞めたいと思ったことがある」とする日本人の勤め人は、実に50%にのぼることがわかった。アンケートのサンプル数は、ここには明記しないが、これはおそるべきことだと思う。

二人に一人が会社を今すぐ退職したいと考えたことがあるということは、同僚のうち、右隣のAさんが月曜日の朝から元気溌剌とした表情で浮かれ気分で業務に励んでいる一方(実に迷惑な人だ)、左隣のBさんは、今にもデスクの引き出しから退職願いを取り出し、上長にぶん投げたいという気持ちでいることを意味する。

10人のグループに属しているとしたら、自分意外に4人までもが、退職を考えていたり、転職を考えているという状況だ。

これは会社から取ってみれば、極めて由々しき問題であり、企業の存亡の危機に直結する問題でもある。なんといっても、企業の宝は人材である。

しかし勤め人にとっては会社の業績や企業の永続的な成長など二の次だ。働きたくないものは働きたくない。やる気が起きないときは、自分で自分のケツを叩いても、エナジードリンクを飲んでも、Bさん(女性社員)のケツを揉んでも、なんら好転することはない。

なぜなら、もう、やる気が枯渇してしまったから。その日の?その週の?その時期の?いや、会社員人生を通して。もう、バイタリティは二度と戻ってこない。

無価値な仕事=ブルシットジョブとは?

人には働ける時間の上限がある。ここでいう「働く」とは会社で働くという意味である。農業や漁業、狩猟や綿摘み、雪かきや耳かきなど、生活に直結する労働は、ここでは含めない。

ここでは、会社で働く、すなわち、無意味な賃労働のことを指す。当世風の言い方をすれば「ブルシットジョブ(無価値な仕事)」のことである。

私はこれまで10社の企業に勤めてきたが、おおむね無価値な仕事に従事してきた。

誰も読まない社内報を作ったり、誰も参照しないマニュアルを作ったり、おそらく成約につながることはないであろう企業広告を作ったりもした。もちろん、一日中メールをチェックしたり、フォルダを作っては消したり、フォルダ名を変更してはまた戻したり、トイレに行って個室にこもって時間を浪費したりといったオーソドックスなブルシットジョブにも力を入れてきた。

そして、32歳のとき、私の中でなにかが終わった。

誰にでも「生涯労働可能時間」がある

32歳のあの日、私の「生涯労働可能時間」が上限に達した。

突然のことに少し驚いた。予兆など一切なかった。ただ、脳内で誰か聞いたこともない声の主が「終了で~す」と一方的に宣言した。

生涯労働可能時間とは、人が一生のうちで働ける労働時間のことである。あまり知られていないが、これは基本的に上限が設けられている。人は、一生のうちで働ける時間が決まっているのである。

上限時間は人それぞれだ。

40万時間の人もいれば、10万時間の人もいる。かなり少ない人になると1万時間、完全無欠のニートになると0時間。私の上限時間がどのくらいなのか、正確に算出していないのでくわしくはわからない。しかし32歳で生涯労働可能時間が上限に達したということは、日本人の平均値よりかなり低かったのだろう。

どんな勤勉な人でも、怠惰な人でも、こういった上限値が設けられていることを、親や先生は子どもたちに教えるべきだと思う。

実はこの上限値は、性格や生育環境、体力、知力、視力、預貯金、便の硬さ、座右の書、基礎代謝、服の趣味、爪の色、ストレス耐性、髪質など計1900項目を微に入り細に入り調べれば、誤差プラスマイナス5時間で予測することが可能とされている。

このことは小学校ぐらいの年代で、知識として知っておくべきだと思う。適当な年齢になったときに、検査を義務化する必要もあるかもしれない。勤め人がうつ病になって自殺するケースがあるが、自殺の原因の一つはこのことと深くかかわりがあるとされている説もある。

生涯労働可能時間を知っていれば防げる自死もあった……

もちろん、多くの自殺者はスーツやビジネスバッグといった非人道的なコスチュームによってフィジカルおよびメンタルをやられて、結果的に自殺に至るとする説が、私の研究で明らかになっている。詳しくは、『自殺とスーツ』をご一読いただきたい。

生涯労働時間についての予備知識があれば防げた自殺は確かにある。たとえば自分の上限値が1万時間とする。1万時間というのは、1日×8時間×5日間×20日間×12ヶ月=1年間の労働時間である。

つまり、上限値1万時間の人は、1年間働いたらもうそれ以上は働くことができないのである。

しかし、残念ながら生涯労働可能時間の基本的な知識は、ほとんどの人に知られていない。勤め人、経営者、カウンセラーなど本来知っておくべき人たちすら、これっぽっちの知識も持ち合わせていない。知識が絶無なのだ。結果、1万時間を越えて働き続けることになる。

私は32歳で上限に達した

自分自身では「あれ、なんかおかしいな」と自覚症状を感じる。しかし、たかだか1年の勤続で会社を辞めることなど常識的にありえないと考え、無理をして働き続ける。脳内を流れる終了宣言も空耳として、聞き流してしまう。まわりも、1年で退職するのなんて甘え以外のなにものでもないと考える。そうして、勤め人は心身ともに異常をきたす。体を壊して倒れるか、精神が破綻して、自死する。本当に悲しい。

誰かが生涯労働時間についての基礎的知識を啓蒙する必要がある。幸い私は、若いときに生涯労働可能時間について知る機会があった。

そろそろかも、と思って早数年。32歳でついにこのときを迎えたのだ。私はあの日、好むと好まざるとに関わらず、勤め人としての生涯に幕を閉じた。32歳だった。

生涯労働可能時間を知る方法

私の場合は32歳だった。あなたは、どうだろうか? 自分の生涯労働可能時間を算出する方法がわからない、これまでどれだけ会社で賃労働に励んだか勘定していない、という人が大半だろう。脳内で「終了でーす」なる声が聞こえたことなど一度もない人も多いだろう。

しかしそんなことはどうでもいいのだ。

いまの気分はどうなのか? 会社を辞めたいのか、まだ行けそうなのか。気分は良いのか、悪いのか、便は軟便なのか下痢便なのか、顔色は白いのかカフェオーレのように土気色なのか、朝起きられるのか、起きられないのか、通勤ラッシュ時にため息は1,000回出たのか800回だったのか。

すでに、生涯労働可能時間に達しているかどうかなど、本来、簡単にわかるはずだ。もし、わからなかったら、最も近しい人に聞けば良い。

「私、生涯労働可能時間に達しているのかしら?」

と問えば、問われた人とて、深い思案に沈まないはずがない。

「(え、何この人)」と思う人もあるいはあるかもしれない。しかし大半は親身になってくれるのではないだろうか

自分のことを最も知っているのは他者である。近しい他者である。恋人かもしれないし、配偶者かもしれない、親友かもしれないし、毎日フォートナイトをやっているゲーム仲間かもしれない。

彼あるいは彼女が「達した」と言えば、もう会社を辞めるときである。

「達してない」といえば、まだそこにとどまるべきである。

まとめ:生涯労働可能時間に達していたときにすべきこと

辞めてどうするのか。生涯労働可能時間はゲームの体力ゲージのように、回復するのだろうか。いや、しない。では仮に退職し、その後転職したら、その人はどうなってしまうのだろうか?

私は32歳で会社を辞めた後、抜け殻になりながら次の会社に転職した。しかし、私は自分がすでに「働くことのできないからだ」になっていることを自覚していた。だから、会社で一生懸命になって労働に励むなどと言う自殺行為はしなかった。

この問題について、私に解決策などない。あるのは生涯労働可能時間だ。限界を知るとき、人は、限界を知る。そう、限界を知るのだ。つまり、限界を知るとは限界を知ることなのだ。私は今、この論考のまとめを書こうとしているが、まとまらない。解決策の提示が求められていると言うことは解決策の提示を求められているということなのだ。

とにかく、他者に聞き、「達した」といわれたら、そこでお仕舞いだ。少なくとも、その職場からは一度距離を取るべきだろう。

人は誰しも、働ける時間が決まっているのだから、それ以上は頑張れない。それだけは知っておいてほしい。上限に達した後は農業でも漁業でも林業でもすればいい。私に聞かないでください。